今回は、難民と経済というテーマで、移民や難民を受け入れることで受入国の経済にどのような影響を与えうるのか、ということを考えていきたいと思います。
難民が経済に与える影響とは?
難民、さらに拡大して移民の受け入れについて、日本でも議論されることがあります。しかしそれは人道的見地というよりは、日本経団連が主張するように、日本の少子高齢化による労働人口減少への対策としての移民の受け入れという点に基づいていることがほとんどです。
参考:2008年に発表された、日本経団連による提言(PDFファイル)
ここからは、まず導入として、1.難民に対するドイツ国民の意識調査の変遷を紹介し、次に、2.ガーディアン紙の記事を紹介する形で、難民が経済に与える影響についての分析を行い、最後に、3.それでも見えてくる課題を、ドイツの歴史を遡り考察します。
1. 難民に対するドイツ国民への意識調査
ドイツ第二放送(ZDF)が毎月行っている世論調査の中に、「ドイツは、ドイツに来る難民に対応できるか」という質問があります。メルケル首相が行ったいわゆる「Wir schaffen das(私たちは乗り切れる)」という演説があった昨年9月から行われているこの調査は、ドイツ政府の対応に対してドイツ国民の満足度が分かるバロメーターとなっているといえるでしょう。
グラフが掲載されているサイトへはこちらから
このグラフを見ると、昨年大晦日に起きたケルンの集団窃盗・性犯罪事件があった直後の今年1月には、否定的な人が多かったことが分かります。しかし、ヨーロッパへの国境が事実上閉じられ、難民がほとんどドイツに入国しないここ数ヵ月は、楽観的な人の数がまた増えたことが分かります。今月にいたっては、”はい”と答えた人の数が過去最高の値を記録しています。
昨年2015年に、約110万人の難民を受け入れたドイツでは、自国に住む難民たちへの対応に前向きな意見を持つ人々がまた増えたと考えてよいでしょう。
2. ガーディアン紙が掲載した、難民と経済に関する驚きの発表
5/18、イギリスのガーディアン紙に衝撃的なタイトルの記事が掲載されました。「難民は、EUが難民のために使ったお金の約2倍のお金を、5年以内に返すであろう」と名打たれたこの記事を最初に見た時は、私は目を疑いました。難民や移民を労働市場に組み込み、そこから効果が出るまでには少なくとも10年ほどの歳月がかかるのであろうと勝手に思っていた経済の素人の私は、5年で政府が難民のために拠出した歳出の約2倍の歳入が見込まれるとは、まさに寝耳に水のニュースでした。
A Humanitarian Investment That Yields Economic Dividendsが5月に公開した調査書によれば、2015年から2020年までの5年間で、政府が難民のために行う歳出が690億ユーロ(約8兆2000億円)となる模様です。しかしそれ以上に難民の雇用を通じた税金の増加で、政府の歳入が1290億ユーロ(約15兆3000億円)にも上ると計算しています。つまり、難民のための歳出に対して約2倍の歳入がすでに5年後に見込まれています。
こちらのリンクにそのレポートのPDFファイルを載せています。この18ページの第二章より、下記のEU各国が難民に対して組む予算のGDPに含まれる割合のグラフなど、現状の欧米諸国の財政事情が書かれており、42ページの第三章からは、難民を労働市場に組み込んだ際の効果といった、目から鱗の詳しいデータが載っていますので、もっと深く知りたいという方はぜひこのレポートに目を通してみてください。

このレポートの責任者であり、元EU委員会の経済顧問を務めていたPhilippe Legrain氏は、ガーディアン紙へのインタビューに対し、「難民の雇用は、賃金を引き下げ、地元の労働者の失業率を上げるということはありそうもない…(中略)…この私たちのレポートが、「難民は経済に悪影響を与える」という作り話を書き消すことができる」と述べています。
しかし、話はそうも簡単ではありません。難民を労働市場に組み込む前に、必要なことがあります……
3. 過去の反省から見る、今日の課題
ドイツには、移民や難民の受け入れが議論される中で、“Parallel Gesellschaft(平行社会)”という言葉がよく使われます。その言葉の意味する所は、移民や難民としてやってきた人々が、受入国の社会となじもうとせず、本国出身者とだけ関わることで、受入国に別の「平行して存在する社会」が現れるということです。
ドイツにも1970年代までに「経済の奇跡」と言われる、日本の「高度経済成長期」と同じような時期がありましたが、それを担ったのは、トルコや南ヨーロッパから来た約400万人にも上る「労働移民」の人々でした。
(余談ですが、メンバーがギリシャの難民キャンプで活動していた時、地元の年配の人とは、英語よりドイツ語の方が通じました。タクシードライバーが突然、南ドイツ訛りで話し始めた時は一番びっくりしました。みなさん60年代に移民としてドイツで働いていたそうです。)
しかし、この人々を労働力としてしか見ていなかったドイツは、彼らのドイツ社会への統合をおろそかにしたため、ベルリン南部の地区のトルコ系やアラブ系移民を中心に現在、「クラン」と言われる、ドイツの法律を無視し自分たちのルールを適用する、一種のマフィアのようなものができています。
ガーディアン紙の記事のインタビューで、Legrain氏も、「この経済効果は、EUが難民の労働市場への統合を急ぎ過ぎないないことで得る事ができる…(中略)…難民申請者は、申請段階でも労働を許可されるべきである。語学学校への参加や、雇用のあるエリアに住むこともできなくてはならない」と述べるように、難民たちを、本当の意味で労働市場に統合したいのであれば、まずは彼らを社会に統合しないといけません。ドイツ政府は現在、難民申請中の人であっても、語学学校への参加を許可したり、「1ユーロジョブ」という、少しでも難民たちをドイツ社会に近づけるために、簡単な仕事を与えるという取り組みも行っています。
しかし、それを可能にするためにも、語学学校の先生の確保や、雇用の創出といった、課題も山積みです。
まとめ
難民を受け入れ、そこから経済効果をあげるには非常に険しい道があります。ただ今回紹介しましたように、少なくとも過去から学び、難民を本気で国の利益に繋げようとするドイツのしたたかさに、日本も学べるところは多いのではないでしょうか。
もちろん、難民たちを利益の対象とのみ見ることは正しいとは思いません。しかし受入国でもある程度の利益が見込まれない限り、その国の世論が難民の受け入れに傾くことは現実として難しいでしょう。
難民は安全な避難場所ができ、受入国は経済効果をあげる。このようなある意味「Win Winの関係」が、難民たちと暮らす上で必要になることなのかもしれませんね。
以上、最後までお読みいただきありがとうございました!